テーマ: ぶれない指標「人口動態」から日本の進路を考える
講 師: 花松 甲貴 株式会社日立製作所 情報・通信システム社 人事総務本部主任 ドラッカー学会企画委員
2011年11月29日(火)16:00~18:00 / 市ヶ谷 アーク情報システム
■はじめに
花松です。先日,骨折をしまして,講演が中止になってしまいました。ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。事故で骨を折って,救急車で病院に運ばれたのですが,その間,あれこれ考えるところがありました。まず,日本のIT技術は案外すごいぞということです。損保会社から,会社の健康保険組合の手続きなど,30分ですべて完了しました。今回,手術代などで80万円もかかったのですが,人が死ぬまでにかかる医療費はいくらだろうと,ちょっと気になって調べてみたところ,2300万円かかるのです。それも,70歳を過ぎてから,そのうちの49%がかかってきます。これが医療費圧迫になっているのでしょう。
もう一つ,オートバイで事故を起こしたものですから,1950年代の日本のオートバイのメーカー数を調べてみましたら,205社もありました。自転車屋さんに毛が生えたくらいの会社も含めてですが,それが1965年にはホンダ,ヤマハ,カワサキ,スズキに収斂されていき,現在,その4社のみ残っています。政府は,自動車に比べて,オートバイには冷たかったですから,競争に耐えるしかなかったのですね。これはグローバルに起こったことでもあります。
■すでに起こった未来
ドラッカーは,「すでに起こった未来」というコンセプトを提示しています。ものの変化には,タイムラグがありますから,すでに起こったことが,今後どう影響を与えるかを見ていくべきだというのです。未来を形づくる場合,すでに起こった未来を見ていくことと,もう一つは,自ら未来を作りだすこと,この2つがあるとドラッカーは言っています。
すでに起こった未来を見ていくときに,一番わかりやすいのは,人口動態でしょう。たとえば,私立小学校の競争は,人口動態を見ればわかるはずです。少子化ですから,競争が激しくなるのは見えていたはずです。ドラッカーは,理論は現実に従うといっています。マーケティング理論など,あとづけのところがありますね。理論がなくても,実践してきた企業家はたくさんいたはずです。ドラッカーは,自らを社会生態学者といいますが,世界の出来事が次々起こっているとき,それらをどう関連づけて見ていくのか,なかなか難しいことです。
■20世紀初頭の経済大国の事例
ここで,20世紀初頭の経済大国についてみておきたいと思います。次のキーワードから、どこの国かどこの首都のことか,お分かりでしょうか。
・実質GDPは,当時の日本の約3倍。
・ヨーロッパ文化の香り漂う美しい町並み。
・世界中の富裕層者たちが移り住む。
・タンゴの都。
・母を訪ねて三千里。
・「南米の巴里」 …
もうお分かりでしょう。アルゼンチンですね。首都はブエノスアイレスです。
1913年のGDPを見ると,1位がアメリカ,2位がイギリス,そして3位はアルゼンチンでした。アルゼンチンは農業大国で,大草原パンパに牛を放牧して,ヨーロッパに牛肉を輸出していました。その頃イノベーションが起こったのはご存知でしょう。冷凍船の発明によって,食肉の輸出ができるようになり,そのために莫大な外貨を生み出しました。その後,アルゼンチン政府は工業化政策を進めます。政府が介入して,保護主義政策をとって,工業を発展させようとしました。しかし,労働組合が強く,企業も競争が少なくて楽なため,ワイロが横行する社会になりました。結局,アルゼンチンは,産業構造の転換に成功せず,その後,デフォルトの憂き目にあっています。商業化は成功しても,工業化には失敗しました。
それでは日本はどうでしょう。日本は,工業化には成功していますが,今後の知識の時代にはどうでしょう。ドラッカーは,アメリカは1990年代には知識労働へと移行したと言います。アメリカでは,1950年の労働人口に肉体労働の占める割合が,40%だったのが,1990年代初めには20%に減っています。こうした移行が終わっているのはアメリカのみで,欧州や日本は始まったばかりという段階です。日本とアルゼンチンはもちろん違います。債権国だとか,いろいろ言えます。それでは日本の未来がどうなっていくのか,すでに起こった未来を,人口構造の重心の移動から見ていきたいと思います。
■人口動態から考える
ドラッカーは,最も重要なものは年齢構成であると語っています。人口の重心の移動というのは,戻ることのない変化です。たとえば,ポテトチップスの消費額を見ると,世帯主の年齢が42歳のときピークになっています。1年で65ドル消費しているそうです。世帯主年齢が45歳から50歳の間に,オートバイに対する年齢別支出額も最大になっています。これを見ると,消費世代がどのあたりか予測がつくはずです。住居費・教育費・娯楽費等の支出のピークは48歳といわれています。この世代の人口が多いと,経済は生き生きしてきます。実際,オートバイのハーレーダビットソンは,ここへ来て売り上げを急拡大しています。
アメリカ政府も,日本政府に対して,1999年から,高速道路でのオートバイ2人乗りの解禁を迫っていました。そろそろ圧力をかけておこうということでしょう。それが2005年に実現しています。人口の多い世代が,順次その歳になってくるのを見すえています。ちゃんと人口動態を見ていたということがうかがえます。ハリー・デントは,インフレなど調整後のニューヨークダウと出生数を約50年ずらしたものを比較しています。両者が非常によく重なっています。
この比較から,2011年から2020年まで,あまりアメリカの株式は期待できないと予測しています。日本の場合はどうかというので,データをもとに出生数を50年ずらしたグラフを作成してみると,日経平均とのズレはややありますが,大きなトレンドでは一致が見られます。団塊ジュニアの世代が人口の重心になってくるのが,2015年から20年ですので,もしかしたら,これから数年で,日本にも小春日和がやってくるかもしれない,と思います。
■日本の進路
日本では,社員を会社人間にしておくことが本人のためだと,会社側も考えがちです。野田一夫先生は,「企業経営の日本的特色-米国との対比において」の中で,「日本は,等質社会の内部崩壊によって,ようやく“開国”しようとしている」と言っています。開国というのは,知識労働者の時代ということでしょう。外国人の活躍の場も広がるでしょうし,知識を集約し,新しい時代への転換を図る必要があります。
「未来を予見する一番よい方法は,自らの手で作り出すことである」というのはドラッカーの言葉です。日本は,自らの手でどう未来を作り出していくべきなのでしょうか。ドラッカーは,1999年の『明日を支配するもの』でも,保護主義の波が世界を覆うだろうと見ています。乱気流の時代には,壁作りに励むのが相場だというのです。しかし,そんなことをしても仕方がないのです。ドラッカーは,グローバルの水準に達しえない組織・企業は,何をもってしても保護しきることはできない,とはっきり言っています。
それでは,2020年には,どんな世界がやってくるでしょうか。GDPで見ると,アメリカと中国は並んでいるかもしれません。おそらく,EUとロシアは関係を深めてくるでしょう。この連合体が経済規模では最大パワーになるはずです。これに続く規模の経済が,インドと日本になるはずです。ただ,インドは伸びるでしょうが,日本は維持がせいぜいで下落も考えられます。2020年になると,日本は,EUを除くと,アメリカ,中国,インド,ブラジル,インドネシアに続いて,7位の経済大国になっている可能性があります。そうなると,日本は国内だけでは生きていけなくなります。これからは,巨大な新興国の市場を攻略するしかないでしょう。2020年には,新興国の都市人口と農村人口が逆転されます。
こういう環境下では,日本企業は「再近代化」をするしかないと思います。つまり,日本の近代化の過程でやってきたことを,国を変えてやっていくということです。人口が多く,かつ中間層のいる国に向けて,事業を立ち上げていくこと,そのとき,上手に現地調達を増加させながら,現地と上手くやっていくことが必要になってくると思います。
■おわりに
ドラッカーを学ぶ者として,1990年以降の日本への評価の変化が,どうしても気になります。ドラッカーは,戦後日本のいわゆる日本的経営について,高い評価をしていました。ところが,90年代に入るとこれが酷評に変わってきます。先ほど,ちらっと申しましたが,日本にとって,これから数年で小春日和ともいうべき状況がやってくるかもしれません。人口動態の面からみると,日本にやや有利に働く状況がでてくるように思われます。そして,それが過ぎた2020年からの日本は,かなり厳しい状況に陥りそうです。
こうした点から考えてみると,状況があまりに悪いときには改革はできませんので,これからの数年が,かなり大切な時期になるのではないかと思います。おそらく改革には痛みも伴うでしょうが,今後,環境変化に対応したさまざまな改革が必要となってくるはずです。ドラッカーは、『明日を支配するもの』の最後で,今日最も困難な試練に直面しているのが日本であるとした上で,日本に期待をこめています。<私は,日本が,終身雇用制によって実現してきた社会的な安定,コミュニティ,調和を維持しつつ,かつ,知識労働と知識労働者に必要な移動の自由を実現することを願っている。>
このように述べた上で,日本の解決が他の国のモデルになりうると指摘しています。こうした状況にある私達には,あまり時間がないかもしれません。人口動態の面から見ても,新しい日本を作り出さなくてはいけない時期に来ているのではないか,そう感じています。
ありがとうございました。
< 記録 丸山有彦 >