テーマ:電子書籍時代の波にのる、IT Social Media Publisher(IT時代の出版社)としての展開
講師: 小島孝治 株式会社エア 代表取締役社長
2011年12月20日(火)16:00~ / 市ヶ谷 アーク情報システム
■ はじめに
株式会社エアの小島です。
昨年の2010年は電子書籍元年といわれました。しかし,まだまだマーケットでは模索が続いています。ただ,どうやら2012年は,本当の電子書籍元年になりそうです。もちろん,いろいろな問題があります。本日は,今後の課題について,あるいは,ベンチャーはどう生き残っていけばいいのかということをお話していけたらと思います。
弊社では,これまで辞書というジャンルにサービスを絞って展開してきました。出版社としては,専門出版,独自色を出した出版社だろうと思います。今までになかった出版社を目指しています。
■ 電子書籍化の環境
先ほど2010年といいましたが,今年の2011年もipadが出て,電子書籍元年といわれました。しかし,まだ成功モデルというものはないと言えそうです。単発での成功はあっても,市場としては,これからが拡大の時期だろうと思います。
電子書籍を語る上では,アップルとアマゾンは欠かせない存在です。この両者が2012年に本格的に電子書籍に参入してきます。私は,2010年に『電子書籍の作り方・売り方』という本を出版していますが,一部古くなってきています。アップルがこれからどうなるかはわかりませんが,煮詰まってきていることは確かです。
アメリカからの黒船といわれますが,それから守ろうとか鎖国しようというのではなく,渡りに船ならぬ渡りに黒船だと,世界の流れに乗るべきだろうと思います。電子書籍事業を展開していくべきでしょう。小さな会社が,電子書籍マーケットを開拓するには,大手を敵視してもダメだろうと思います。いかに波に乗るかにかかっています。
パソコンでいえば,ベーシックなところは,ウィンドウズですからアメリカのものですが,その上に新たな展開が起こりました。書籍の場合,アナログなので,どうしてもデジタルを敵視しがちです。しかし,デジタルに乗る時期だろうと思います。実際,アップルやアマゾンからのオファーがあったときに壁を作っていた出版会社も,徐々にその波に乗り始めています。波を阻止できないと感じとったのだろうと思います。
最近になって,マーケットはできてきました。自炊といわれるような,自分なりの書籍の電子化がなされるようになってきています。
■ IT時代の出版社として
弊社は辞書を作ってきました。ネット上の情報とは違う信頼性のあるものということで,辞書を選びました。きちんとしたものを普及させたいということです,そうしたものでマーケットを作っていこうと思いました。
私は,大学で顔表情の認識プログラムを作っておりまして,15年前にテレビ東京に入社してからは、メディア・技術畑を歩んできました。テレビ東京に入社するときの志望動機は,通信と放送の融合を目指すというものでした。できたら,それを具体的な事業の形にしたかったのですが,ちょっと無理だと思いました。 テレビ東京に8年おりまして,その間に社内ベンチャーの提案もしましたけれど,それはできないと言われました。
テレビ東京ブロードバンドに移ったあとは,携帯の公式サイトで収益を上げてはいたものの,これ以上は無理ということになって,2005年に,今の会社を作りました。
はじめは携帯の公式サイトに辞書携帯サイトを立ち上げ収益を上げていました。これが徐々に右肩下がりになってきましたが,2008年のiフォーンの発売以降,スマートフォン向けのアプリの販売で,補う形になりました。
ただ,公式サイトなら,日本のキャリアは9~10%を持っていくだけでしたが,アップルは30%持っていきますから,沈まないための次の一歩を進めていく必要があります。
それで,いいコンテンツを集約していくことを考えています。辞書はまだ余地があると思います。アプリも100本以上出しています。これらはどこに出しても流通コストがかかりませんので,海外展開を進めていくことを考えています。日本語のものしかないのに,何万本も台湾でダウンロードされた例もありますので,今後の展開になります。実際にやってみないとわからないことが多いといえます。
■ JLogos ~確かな知識で豊かな知恵を
ネットには,匿名の不確かな情報が蔓延していますが,信頼性を重視しようと考えています。出元をはっきりさせる,誰が書いているかはっきりさせるということです。
グーグルで調べて,上位10個で同じことが書かれていても正しいとは言えないでしょう。同じ出元からのコピーであるかもしれませんし,都合のよい事実が並んでいるだけかもしれません。これは大きな落とし穴だと思います。
調べて書いてあるということ,間違ったらこちらにクレームが来るということが大切です。そうした知識の正しさという点では,辞書がいいだろうと考えました。内容に間違いがあったら,あるいは誤字脱字があったら,誰に言えばいいかわかるということが必要だろうと思います。
ただ,ここでいう辞書・事典というものを広く考えています。意思疎通の中間にあるという位置づけで考えています。
こうした考えで JLogos というものを作りました。日本人がアクセスするのにいいデータベースを作ろうということです。信頼ある辞書をセレクトして,法律や経済,心理学などの各事典を作りました。ニッチのものを集めてきました。ログをみると,こんな事を検索しているのかというのがわかるのですが,興味深いことに,世の中に広まっている言葉と検索するものは違っているところがかなりあります。
■ 既存の出版モデルからのパラダイム・シフト
それでは,今後の電子書籍はどうなるのでしょうか。まずモデルを作る必要があります。
出版社はいい物を作ることが必要ですが,まだいろいろな整備がされていません。まず再販制度からの脱却が必要になると思います。電子書籍の場合,すべてを定価販売するのは無理でしょう。
それから,いままでの印税が10%だったものが,電子書籍ではどうなるか,まだその辺がきちんと説明できていません。率直なところ,わからないという状態です。これから出版社と著者との契約がどうなるのか,どう契約変更していくのかという問題があります。
流通改革も起こらないといけません。本を作って,マスコミに告知すればそれですむというわけではありません。泥くさい地道な作業が求められます。いままでの出版社は,そこまでやってきていないと思います。
紙に印刷するという前提も,崩れてくるはずです。印刷してしまうとあとから修正できませんので,はじめからクオリティをきっちりしたものに保つ必要があります。そのために労力がかかって高コストだったという面もあります。電子書籍なら,あとから簡単に修正ができますので,80%の完成度から出していけるので,コストを下げていけるのではないかと思います。
電子書籍の本当のメリットは,4つあると思っています。
まずはソーシャル化によって,議論していくことで知の連鎖ができてくる,これが大切になってくるのではないかと思います。本の選択というのは,人から聞いてというのが多かったと思うのですが,それが電子化やソーシャル化によって,もっと広くできるようになると思います。
また,パッケージではなくて,ばら売りができるのではないかと思います。10章で2000円だったものを,1章なら300円でいいですというようなこともできるはずです。
3つ目は,先ほども申し上げたように,ユーザーの声で修正できる,アップデートできるということです。こうすることで,クレームも対応できるようになります。
4つ目に,国内と同じコストで展開が可能であることも大切だと思います。日本の編集力はクオリティが高いですから,言語の壁を乗り越えれば,海外に出していけるのではないかと思います。これが,もしかしたら電子化の肝ではないかという気もします。
■ 今後の展開
今後,IT Publsher として生きていくためには,厳選された確かな知識だけを扱う電子書籍のセレクトショップが大切であると思います。今まで編集をして,製本をして,流通という段階を踏んでいましたが,これからは,編集をして,デバイス最適化編集をして,流通ということになると思います。
いまスマートフォンの80%はAndroid(アンドロイド)になっていますが,しかし,アンドロイドでは有料アプリは売れません。広告モデルが中心となっています。
一方のiフォーンの方は,有料アプリが売れています。
今後もアンドロイドでは無理ではないかと思います。iOS の方が有望でしょう。iフォーンの場合,審査が厳しくてNGがありますが,グーグルは審査が甘く,玉石混交です。やはり,iフォーンの方が収益を上げられると思います。
いままでは書籍が広まってから電子書籍を出すということでした。そのため,印刷したものの在庫がなくなるようにという考えで来ましたが,先日亡くなったジョブズの本がそうであったように,紙媒体の本と電子書籍が同時発売になった例もあります。それでも紙媒体での売り上げは減りませんでした。かえって売り上げが増えたのです。出版社も紙に固執しても仕方ないとわかってきたのではないかと思います。
先ほど,デバイス最適化といいましたが,スマートフォンでは,いままでの書籍をきちんと読むのは難しい状態でした。しかし,ipad なら,そのままPDFで出してもクレームはこないはずです。
最初から,iフォーンでもipad でもアンドロイドでも,というのではコストがかかりすぎます。最初に出すのは,どのメディアからがいいのか,何から出すのが最適なのか,と考えるコスト感覚が大切です。
流通マーケットの中で,日本語だけにするのか,英語版も出すのか,という問題もあります。あるいは,中国語はどうするか,人口は多くてもコストを払う考えはないぞとか,そうしたことを考えないといけません。
今までは,アップル・ストアやグーグルなど,本を売ろうとしても入り口が限られていました。今後,検索キーワードを入り口にして,サイトに入ってもらって,こんな本が出ていますという情報を貼り付けて,さらにソーシャルへと拡げていくことを考えています。
キーワードを入れて,もっと知りたければ…とJLogos に誘導していくことを考えています。そうやって,自分達の本を紹介していけるようになるはずです。
これは将来のことですが,英語・フランス語・ポルトガル語・ロシア語・ドイツ語・中国語などの辞書を連結することによって,世界辞書という考えも出てきます。
さらに,日本の書籍を翻訳して,これを集めてブランドを作ることも考えています。実際,芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は,日本語,英語,中国語にしています。原文が50年たったので,コストはかからないのです。ただ,これを上手に翻訳するのは大変ですので,簡単ではありません。
■ おわりに
やはり今後は,いかにソーシャル化させるかということが大切だろうと思います。
いろいろな工夫をして参加意識をもっていただければ,相互のやり取りで一緒に作っていくことができると思います。こうしたことがソーシャル化であると思います。
このようにソーシャル化することで,静的な出版物を動的なものに変えていくことができるのではないかと思っています。
ありがとうございました。
<記録 丸山有彦>