テーマ:情報システム開発における日米プロジェクトマネジメント比較
講 師:永谷裕子 株式会社アスカプランニング 代表取締役社長
2012年6月26日(火)16:00~ / 市ヶ谷 アーク情報システム
■はじめに
皆様こんにちは,アスカプランニングの永谷です。
本日は,情報開発における日本と欧米の違いについて,私の経験からお話します。
いまはPMBOK(Project Management Body of Knowledge)にフォーカスしてプロジェクト・マネジメントの啓蒙活動をしています。アメリカのやり方が上手いのか,これが標準になっています。
案内にある米国でMBAを最初に取得した女性というのは違うと思います。そんなに歳ではないですから,もっと早く取得した方がいるはずです。ただ,オハイオ大学でMBAを取得した日本で最初の女性であることは確かです。
■私のキャリアパス
私は7年近く大学生をしていて,心理学で学位をとりました。しかし,これでは就職が難しいだろうと考えて,MBAをとったら何かあるだろうと思って,そちらに進みました。
まさにその通りで,降るように仕事が来ました。1970年後半から80年代にかけて,日本企業がどんどんアメリカに進出してきたのです。オハイオにもホンダが進出してきました。
MBAというのは,マーケティングからファイナンス,経理,法律もあって,これをしなさいではなくて,自分で選べるのです。
P&G,ボーデンなど,マーケティングの仕事はありましたが,しかし,コンピュータを選びました。マーケティングではアメリカ人にかなわないと思いました。英語という言語でやり取りするよりも,コンピュータというのは一番グローバルな言語ではないかと思ったのです。
25年間,アメリカと日本の企業でITプロジェクト・マネジャーを務めました。いまは,グローバルプロジェクトのコンサルを中心にビジネスを考えています。啓蒙活動の一環として,北大の大学院で教えているのですが,ここはPMBOKをフルに教えている唯一の国立大学ではないかと思います。また慶応大学の大学院では英語でPMBOKの講義をしています。
私のキャリアパスをお話します。この職種は,職位がはっきり決まっていて,そのままその人の仕事となります。
まず,プログラマーからスタートしました。次が,システム・アナリストです。そして,プロジェクト・リーダーになりました。日本とアメリカのさまざまな業種の多国籍企業でプロジェクト・リーダーになりました。その後,プロジェクト・マネジャーになりました。そして,シニアプロジェクト・マネジャーとなり,さらに,複数の関連するプロジェクトを束ねるプログラム・マネジャーになりました。現在は,プロジェクト・マネジメントの啓蒙活動をしています。
先ほどの流れからすれば,その先にCIOになるという形があるのですが,これはやりたい気がなかったので,双六を降りた形です。
この業界は,進むべきキャリアが見えています。リーダーはどのくらいの規模,マネジャーならどのくらいという基準があります。業種ごとに束ねる大きさに違いはありますが,上に行くほど,大型化・複雑化したプロジェクトにかかわるという流れがあります。
PMBOKというのは,インダストリーは問わない,業種を問わないものですので,結果としてIT関連のさまざまな業種を経験することになりました。私自身,主にヘッドハンティングによって業種を変えてきました。
■PMの業務と必要なスキル
プロジェクト型組織を束ねてプロジェクトを遂行させるようにマネージすることが,プロジェクト・マネジャー(PM)の仕事です。人事権も予算権ももつプロフェッショナルなPMとして,プロジェクトを成功に導くことが求められています。
あなたの才覚でやりなさい,ただし,失敗したら責任を取っていただきますと言われる存在です。その辺がクリアです。成功すればボーナスがあるのですが,3回失敗したら,まずクビになります。
プロジェクト型組織というのは,必要なモノをもってきて,プロジェクトを成立させて行く,それはPMの才覚にかかっています。
私がかかわったのは保険業,それからイギリスと日本の小売・卸業。ここではシステム構築の開発プロジェクトを担いました。商社での仕事もしましたし,通信販売の仕事というのはコールセンターの仕事でした。石油・エネルギーの会社ではPOSの構築をしました。それから製造業では生産管理システムの開発プロジェクトを担いました。
やってきたことはほとんどがPMで,ユーザー企業ばかりでした。消費者のための企業ばかりで仕事をしてきました。
私の経験から,PMに必要なスキルとは何かということになると,まず,深い業務知識は必要ありません。テクニカル・スキルはテクニカル部門の人のほうが知っています。
一般的なビジネスの理解ができて,企業の経営指針,戦略の理解ができることは必要なことですが,何といっても,スキルをもっている集団をまとめる管理力と人間力という両面のスキルが最重要だろうと思います。
プロジェクトという言葉を見てみると,プロは「前に」で,ジェクトは「押し出す」ということですから,プロジェクトというのは「未来に押し出す」ということになります。次の一歩を考えることです。知識だけでは何にもなりません。それを使ってどうやって物事を進めるかが大切です。
自分のスキルを持っている人たちが参加していますから,その特化した知識を持っている人から,どれだけ力をもらうかにかかっています。すべての人がプロですから,かなり生意気です。言い方,やり方に気をつけないと前に進まなくなります。いかにやる気にさせるか,彼らが気持ちよく協力してくれるかが大切です。
スキルを100出してもらえたら100の結果が出ます。本当に出し切ってくれたら120になります。PMがどれだけいい影響力を与えるかです。PMの80%の労力はコミュニケーションに使われます。話すこと,書くことが大半です。
プロジェクトを回していくには,ハードスキルとソフトスキルが両方ないと回りません。プロジェクトを管理していくためのスキル,マネジメント力,PMBOKの知識,その応用力・実践力,こうしたハードスキルに加えて,人間力とも言うべきソフトスキルが必要です。リーダーシップ,チーム・ビルディング,コミュニケーションなどがそれに当たります。
ここでちょっと人形の例を出します。バービードールというのは,アメリカでは戦前から売り出されている着替え人形で,母から娘に伝わっていくような人形です。これに対して,日本ではリカちゃん人形が発売されました。6頭身で,母が娘に持たせたい,こういう女の子になってほしいという存在です。
2つの人形を較べてみると,バービー人形のほうは,目がストレートに相手を見つめているのです。リカちゃん人形は少し目線をそらしている。日本ではまっすぐ見られると子供が怖がるそうです。アメリカと日本では人形でも違うのです。
PMBOKガイドを読んでみると,アメリカ生まれアメリカ育ちであるなあと感じます。日本でそのままPMBOKを使うのは違うよねという感じがあります。
日米のIT開発で一番違うのはITの人材です。ITにかかわっている人たちの構成が違います。2011年の資料によると,IT人材の所属企業を見ると,アメリカの場合,ユーザー企業に72%,ITサービス企業に28%という構成になっています。一方,日本の場合,ユーザー企業に所属が16%で,ITサービス企業,SIerが84%です。PMP(Project Management Professional)は日本の場合,90%はSIerにいます。アメリカの場合,ユーザー企業にしかいないのではないかと思います。
このように,日本とアメリカではぜんぜん違います。日本が世界唯一の存在なのではないかと思います。
本来,PMは,ヒト・モノ・カネに関する権限が大きいのです。サーバーはどこにする,パッケージは,ソフトは,PCは,ネットワーク業者も決めなくてはいけないと,これらを調達するマネジメントがすごく重要です。しかし日本の場合,PMはITサービス企業にいるので,ヒト・モノ・カネに関するPMの権限は小さいのです。
アメリカの場合,優秀なトップからのトップダウンで,経営から現場へのガバナンス体制ができています。日本の場合,CIOがいる会社自体が少数ですから,優秀な現場からのボトムアップという形ができていて,経営者と現場が分離されている,したがってガバナンスの不備がみられます。
アメリカの場合,当然,上の人に報告する報告義務が重大なものです。これがPMの仕事を維持していくために必須なことです。しかし,日本の場合,PMが本当に発注者側に向いているのか,疑問があります。きちんと整合性が取れている体制ではないのではないかと思います。アメリカのプロジェクトは,上から降りてきて,それを回して上に返すという非常にすっきりした体制をとっています。
■日米ICT開発プロジェクトマネジメント比較
PMBOKガイドを見ると,発注者視点が明確です。企業戦略の視点から「プロジェクトは,すべて組織の戦略目標の達成に向けたものであるべき」だと定義されています。投資効果の視点からは,「プロジェクトに要する投資を行う価値があるかどうかを決めるために,ビジネス上の観点から必要な情報を提供するものである。通常ビジネス・ニーズの記述と費用便益分析が含まれる」と定義されます。
アメリカの場合,PMBOK憲章の作成は当たり前で,政府もやっています。全体の80~90%はプロジェクト憲章を作成しています。ところが,日本の場合,「PMBOKガイド活用法」のアンケートを見てもプロジェクト憲章を作成しているのは4割で,6割は作成していません。
大きなプロジェクトにつくPMOについての調査があります。ケベック大学のB.ホッブス教授の2005年の調査によるとPMOの役割のうち,上位マネジメントに対してプロジェクト状況の報告が22%,上位マネジメントへのアドバイスが16%あります。
これを見るとPMOの役割として,経営層の動機付けが重要だということがわかります。たとえば,相手も忙しいですから,エレベーターが上の階につく間の3分間で,ポイントはどこか,何が必要なのか,どのくらい必要か,なぜ欲しいのか,そういうことを説明できないといけないのです。
ところがPMI日本支部による個人アンケート調査の結果を見ると,日本では上位マネジメントに対する報告というのが,ないのです。プロジェクト監視,および基準・指針の提供とで,PMOの役割の半分を占めています。
アメリカでは,ステークホルダーが特定され,おのおのの責任・役割・権限が明確になります。説明責任者,統括責任者は誰なのか,作業ごとに決まっています。プロジェクトでは細かいところまで掘り下げていかないと人が動かないのです。私は何をするのか,どこまでするのかということをはっきりさせる必要があります。
しかし日本では,責任・役割・権限が明確ではないことが多いのです。それなのに日本ではできてしまう。これは何なのだと思います。
あるとき雅楽を見ていて気づきました。雅楽の場合,指揮者がいないし,楽譜に頼りません。周りの空気を感知することが必要で,そのため演奏以外での共同作業を行い,「同じ釜の飯を食う」こともします。
アメリカの場合,オーケストラ型チームで,指揮者が主役で,楽譜が当然あります。事前の綿密なリハーサルをする必要があります。アメリカでも,ゴアテックスという会社にはリーダーがいないという例もありますが,これは例外です。
日米では,コミュニケーション・スタイルが違います。
アメリカの場合,基本は話し手責任です。話し手の伝える能力に期待がかかります。相手にあわせて話をする能力が必要です。
日本の場合,聞き手責任で,あうんの呼吸でわかることが必要になります。
このため,アメリカ人は日本人の2倍話します。「今日の課題会議はどうでした…?」と聞かれたら,「今日はうまくいったよ。懸案だったスケジュールを2週間延ばすのに客側のキーパーソンである佐藤部長が同意してくれた。これは課題をうまくまとめて対策案を提案した佐々木君の成果だね。」といった風になります。
日本なら,「前回は散々もめたからね。今回もちょっと心配だったが,まあ準備もそれ相当にしたし,メンバーがみながんばったからね。」といった調子でしょう。
日米の人材育成と表彰と報酬には大きな違いがあります。アメリカの場合,スペシャリスト重視です。成功したら個人の業績となって,その成果が報酬や表彰につながります。日本の場合,長期的な展望の下でゼネラリスト重視の人材育成を行っています。全体を見ることが求められ,表彰するにしても,グループの表彰という形をとります。
このあたりのITプロジェクトの違いは,リスクに対する態度にも出ています。
アメリカの場合,リスクを過大に評価して,最大現に見積もります。そうでないとリスクを想定できない無能なPMということになってしまいます。想定できるリスクを知見・経験から引き出すのがPMの重要な役割です。
日本の場合,過小評価,最小限に見積もる傾向があります。リスクを口にするのはよろしくないからと,リスクを口にしないで自ら対処するのがPMの腕の見せどころということになります。対応マニュアルはないが,チーム一丸となって事に当たるのです。
アメリカは,事が起こったとき,対応マニュアルが完璧なら対応可能です。そのためどんどんマニュアルが厚くなります。
しかし,完璧な対応マニュアルにするためにマニュアルがどんどん厚くなっていくのを見ると,日本人は賢いのではないかと思います。
アメリカの場合,アプローチが引き算になっています。自分の守備範囲を定めることで,“スッキリとスリム”に仕事をするためのプロジェクト・マネジメントを行おうとします。計画にものすごく時間をかけて,皆のスケジュールを聞いてプロジェクトを開始します。
日本の場合,決められたゴールに向けて皆と走り続けるプロジェクトですから,これに加えてプロジェクト・マネジメントが必要なの…となります。
■和魂洋才のプロジェクトマネジメント
プロジェクト・マネジメントでも,East Meets West で,和魂洋才がいいのではないかと思います。
アメリカの場合,洋才中心のプロジェクト・マネジメントです。日本の場合,和魂中心のプロジェクト・マネジメントです。どちらの場合も,ITプロジェクトの成功率は約40%といわれています。日米ともに成功率はほとんど同じです。
アメリカの場合,PMには常に成果を上げ続けるコンピテンシーの確立が求められます。また人材の流動を前提として,ドキュメントの作成,マニュアル作りが徹底して行われます。誰が何をいつまでにやるのか,こうした点を明確にした上でプロジェクトが進められます。
日本では,現場力・改善力でプロジェクトが進みます。人材が定着しているため上司と部下,先輩と後輩という関係に基づいて,いまでも人から人へのOJTが中心になっています。役割分担はあいまいですが,お客様は神様ですということで進んでいきます。
アメリカ流の管理というのは,クールヘッドで行われます。人は部品でしかない扱いです。その人である必要はない,ダメなら代えればいいという考えです。部品の組み合わせでできているのです。人は辞めていくから部品の入れ替えで行くということです。
日本流は違います。人間軸を中心とした人間関係を重視した熱い思いをもってプロジェクトを進めていくというマネジメントのやり方です。
アメリカではPMは人気の仕事です。専門的なスキルを持った職業で,役割・権限・キャリアパス・報酬制度などが明確になっています。プロジェクト・マネジメントというのは,状況を把握して次のアクションを促すためのステークホルダーとの情報共有のツールです。
ところが日本ではPMの人気がありません。たしかに大変です。最終ゴールが決められ,リソースが足りなくなったら,何とかしよう,皆でがんばりますといって,スケジュールを守ろうとする。ユーザーの要求に限りなく付き合うことが期待されています。プロジェクト・マネジメントは,守らなければならないルールと認識されています。
いま求められているPMには,クールヘッドと熱い思いの両方が必要だろうと思います。多様性を求められるチームのリーダー,マネジャー,ファシリテーター,メンター,ネゴシエーターという5つの顔が必要です。特にリーダー,マネジャーとしての面が大切です。
リーダーは熱い思いを持って明日を見る,明確なビジョンをもって,問題を解決し,チームをまとめる必要があります。そのためにはコミュニケーションをとって,皆をやる気にさせることです。こうした熱い思いに加えて,マネジャーとして過去と現在に向き合うクールヘッドの部分も必要です。プロジェクト管理の仕組みを構築し,プロジェクトの監視とコントロールを行い,それを追跡して記録することが必要です。冷静な頭で,データをツールとテクニックで判断していく。それをステークホルダーに報告していかなくてはなりません。
このように,熱い思いとクールヘッドが必要なのです。しかし,アメリカではメンバーが部品になっています。一方の日本では,プロジェクト環境のグローバル化を迎えて,どこまで欧米式のプロジェクトマネージメントに適応すべきか,どこまで日本のグッドプラクティスを残すべきか問題になります。
3.11のとき,指揮者がいないのに日本人は秩序正しく行動していることに,世界は驚きました。日本人は賢いのです。こうした点を生かしながら,グローバル化に適応できるプロジェクト・マネージメントをどう確立していったらいいのか,これが今,私が直面している課題です。
ありがとうございました。
<記録 丸山有彦>