株式会社ソフタス 田口 正則氏(BPIA会員)
2010年1月12日
聞き手; 中村 仁美 氏 フリーランスライター
第二回は、システムの運用、開発業務を手掛ける株式会社ソフタス社長田口正則氏を訪ねました。ソフタスでは先に紹介した主要業務に加え、ミニカーの販売など異色な周辺事業も手掛けています。しかしそこには「いいものを作る職人・技術者がきちんと生き残れる世の中にしたい」という経営哲学があります。
主要業務はシステムの維持管理。その現場には不可思議なことが一杯
聞き手: 会社概要を見るとシステムの保守管理やWebサイト制作、ソフトウエア開発などいろいろな事業を展開されていますが、主要事業はどのような事業となりますか。
田口氏: 当社は一言で言うと、システム運用、開発業務を手掛けている会社です。中でも事業として展開して いるのが、システムの維持管理。いわゆる運用事業です。当社の場合、元請けとしてのお仕事は少なく、ほとんどが二次請けです。二次請け、元請けに限らず、 これまで様々な案件に携わってきましたが、「このシステムは完璧だ」というものに出合ったことはありません。
聞き手: 運用の現場ではいろいろな苦労があるのですね。
田口氏: それが運用業務を主要事業にしている企業にとって、非常につらいところです。システムの不具合を 人がカバーしているのが現状なんです。お客様がシステムにかけるお金は決まっています。その金額によって、私たちもできる範囲が限られます。技術力を求め られる運用であれば、当然、それなりのランニングコストがかかることになります。ちゃんと作られたシステムなら一定の金額で十分に運用できるのに、不具合 があるために追加料金をもらわないとやっていけないようなものが世の中にはたくさんある。もちろん、中には素晴らしいシステムもあり、割のよいものもあり ますが、そういうのはまれです。
聞き手: 開発者の場合、開発経験がステップアップにつながると思いますが、運用技術者の場合はいかがでしょう。
田口氏: そこなんです。例えばあるシステムを運用によってカバーしたとしても、その経験が次に生かされる ことはないのです。例えば運用していたシステムを改修する話があったとしましょう。開発を担当するSIerの方々が話すのはお客様の上の方々。つまりシス テム投資に決定権をもっている人たちです。現場の人間にヒアリングをすることはありません。私たちがどんな風にシステムの不具合をリカバリーしているかな ど、現場がどうなっているのかなんてわからない。だから改善されないのです。結局、私たち、運用を担当している者が持ち出すことになるんです。
聞き手: 持ち出しになるとは?
田口氏: 先にも述べましたが、一定額しか予算がないにも関わらず、スキルが要求されるので技術力の高い人 を派遣しなければならないというのも持ち出しという意味の一つ。またスキルが要求されるシステムの場合、当然、教育をしなければなりません。しかし予算が なければその教育費は結局、私たちの持ち出しになってしまうのです。例えて言えば、本来、70万円の価値のある仕事が50万円になっている。これは正しく 技術者の価値が判断されていないということです。これはITの世界に限った話ではありません。いろいろな所で見られます。例えば2000円のものが 1000円で買えたというと、「いいものが安く買えた」というのは、一見、消費者にとっては喜ばしいことのように思えるかもしれませんが、少し違う気がす るのです。
聞き手: どういうことでしょう。
田口氏: 本来は2000円の価値があるのに1000円でしか売れないということは、モノの価値が正しく判 断されない世の中になっているということです。例えば最近、100円ショップがあちこちにあり、売れていますよね。確かにほとんどが「これは100円だろ う」というものです。しかし中には「これは絶対、100円じゃ買えないだろう」というものもあります。でも今はそれが100円で買えてしまう世の中だし、 誰もそれを不思議とは思ってはいない。物々交換時代にはあり得ない話だと思いませんか。
聞き手: 私は安く買えるとついつい喜んでいました。
田口氏: 消費者の価値観がマヒしていると思うのです。ちょっと横道にそれてしまうかもしれませんが、私が本業で頑張りたいと思っている根底には、職人が生きていける世の中にしたいという思いがあるんです。
オンラインショップ運営は「職人が生き残れる社会をつくるため」
聞き手: どういうことでしょう。
田口氏: 当社では先に挙げた主要事業だけではなく、地方の商店街や職人ビジネスが何とか元気を取り戻せる 社会にならないかという思いで、オンラインショップの運営などの通販事業やハンバーグ&ステーキレストラン事業も行ってビジネスモデルの試行錯誤をしてい ます。特にハンバーグ&ステーキレストラン事業については、また別の機会に是非お話できればと思います。
聞き手: ミニカーのオンラインショップですね。
田口氏: そうです。そこで主に扱っているのはドイツの老舗玩具メーカーであるシュコー(Schuco)社 がつくっている「ピッコロ(piccolo)」というミニカーです。世の中にいろいろな会社がミニカーを作っていますが、シュコーのピッコロは究極のミニ カーだと思っているのです。これぞ「本物のミニカー」だと。
聞き手: どのように良いのでしょうか。
田口氏: ピッコロの大きさは1/90と小型のミニカーです。ピッコロと同じ大きさのミニカーは、いろいろ とあります。しかし手にしたときの握り心地の良さ、手触り、感触の良さはピッコロに勝るものはない。シュコー社はおもちゃ職人のハインリッヒ・ミュラー氏 が営業のハインリッヒ・シュレイヤー氏とともに1912年に設立した会社です。だからなのか、ダイカスト製なので触ると当然冷たいにも関わらず、なんだか 温かみがあるんです。日本で一番のコレクターだと思いますよ。
聞き手: 一度、ピッコロのミニカーを手にしてみたいものです。先の質問に戻りますが、ミニカーのオンラインショップと職人が生きていける世の中をつくることはどういう風につながるのでしょうか。
田口氏: ピッコロがいくら良いミニカーとはいえ、実際に店舗で並べて売っても、そうそう売れるものではあ りません。一部のマニアにしか売れない商品だからです。しかしオンラインで扱えばどうでしょう。商圏は全国、全世界のマニアへと広がります。当社のミニ カーショップの場合、月20万円の売り上げがあります。週1回発送し、梱包にかかる時間は週4日で2~3時間。営利目的で始めたわけではありませんが、 ちゃんと利益を上げています。こんな成功事例もあります。江戸時代から続く日本刀の手入れ具などを扱っている店舗の話です。日本刀の手入れ具はどこの家庭 でも必要なものではありません。売上は年々下がり、家族で食べていくのがやっとという状況になってしまいました。そこで今から4年前ぐらいにネットショッ プを立ち上げ、全世界に情報発信したのです。すると全世界の日本刀マニアから注文が来るため、売上が激増。ネットショップを開設する前の5倍になったとい うのです。
この店舗はオンラインショップの開設で生き残ることができました。一方でいいものを扱っているのに売れずに、閉店していく店舗は山のようにあります。そういう店舗経営者に実例として見せ、参考にしてもらえればと思ったのです。
なぜ、良いものが生き残れないのか
聞き手: 実際に、良いものを扱っているのに売れずに閉店していった身近な例をご存じだったのですか。
田口氏: そうです。私は釣りが趣味で、よく釣りに出かけます。釣った魚は当然、さばいて食べます。そうな ると、さばくための良い包丁がほしくなるんですね。あるとき、デパートに出かけると、新潟県三島郡のある刃物職人さんが展示即売会をやっていました。その ときは私が求めている包丁は販売されていなかったのですが、その職人さんが「いい包丁がある。新潟に戻ったら送る」と言ってくれたのです。確かに送られて きた包丁は私が望んでいた通り。使いやすくて刃こぼれしない、すごくいい包丁でした。それから何度かその職人さんのお店に注文するようになりましたが、 4~5年前のある日、その職人さんは引退をすることになったのです。「後継者は」と聞くと「いない」という。その包丁をつくる人がいなければ、せっかくの 素晴らしい包丁もこの世から姿を消してしまいます。なぜ後継者ができないのか。それは売れないからです。包丁職人では食べていけないからです。良いものを 作れる職人がいなくなる。職人や技術者が救われない世の中はやっぱりおかしい。このような傾向は日本だけではありません。世界全体がそういう傾向になって います。
聞き手: どのような例がありますか。
田口氏: 私がミニカーのオンラインショップを開設したのは、車が好きだからなんです。ミニカー集めは学生 時代からの趣味でした。私は実車ではAMGが大好きです。といっても今のAMG(メルセデス・ベンツの1ブランド)ではありません。メルセデス・ベンツに 吸収されるまでのAMG車が大好きなんです。AMGはダイムラー・ベンツ社の技術者だったエバハルト・メルヒャー氏が理想の車づくりを求めて、ハンス・ ヴェルナー・アウフレヒト氏と共に設立したチューニング会社です。チューニング会社とはいえ、完成車両を対象にするのではなく、メルセデス・ベンツの車両 開発に設計段階から参加し、車両開発を自社で行うというスタイルを採っていました。まさにメルヒャーが理想とする車を一から手作りするのです。しかし先の 刃物職人同様、いくら素晴らしい技術を持ち、良い車を作ったとしても、高価なカスタムカーであるAMG車はそうそう売れません。商売が成り立たなくなり、 1990年にダイムラー・ベンツ社と事業提携。99年には同社の完全子会社となってしまいます。90年以降のAMGは以前のような個性ある車づくりではな くなってしまいました。これも職人が生きていけない世の中になっているというひとつの現れだと思うのです。
聞き手: 旧AMG型企業は生き残っていけないと。
田口氏: 良いものが評価されない、生き残れない世界はやはり間違っています。例えば優れた技術者が評価さ れず、生活できないというのは、おかしな話ですよね。そのためにも、当社はそういうモノが生き残れるようマーケットをつくる一助になりたいと思っている。 その一つの手段が、オンラインショップの運営なのです。当社ではWebサイト制作も行っています。実際に当社がオンラインショップを運営することで、その ノウハウも手に入る。経験に基づいたソリューションを提供できますからね。現場から世界を見ることが大切なのではないでしょうか。
私が尊敬する経営者とは、AMGのアウフレヒト氏とシュコー社の社長です。やはり良い物を作りだす会社でいたいと思うのです。そのためには、今の組織、社会のあり方ではだめ。意識改革をしていかないとだめだと思います。
組織図は廃止。組織活動のイメージ図で社員の意識改革
聞き手: まさに田口さんの経営コンセプトは周辺事業に色濃く表れているんですね。そういう考えがソフタスの組織図に表れていたんでしょうか。一般的によく見かける組織図とはまったく逆向きになっていました。
田口氏: 実は組織図はつくらないことにしました。とはいえ、そのような図がなければ当社がどんな活動をし ているか、社内はもちろん、社外の人に説明できないといけません。そこでつくったのが、組織活動をイメージできる図(右)です。一般の組織図のように社長 の下に事業本部、その下に事業部が……というような線はありません。どんな活動組織があるのか、活動内容別に色分けした箱をゆるやかなラインで組織全体が 結ばれているというイメージを表した図となっています。このような図にしたのは、組織に縛られずに個人が活動し、しかし全体では軍団としてまとまっている ということを直感で理解してもらうためです。以前の組織図のときも、クライアント/マーケットを最上部に置いた通り、今回のイメージ図でもクライアント /マーケットを最上部に置いています。
聞き手: 確か、クライアント/マーケットを上部に置いたのは、顧客志向であるということを表現したいためではないとおっしゃっていました。
田口氏: そうです。前回の組織図も今回の組織活動図も、お客さんがどう思うかではなく、従業員に会社がど う組織を考えているか、理解してもらうためです。社外の人の理解は二の次でよいと思っています。こういう図を示すことで、従業員は「今までとは違う組織作 りをしようとしているんだな」と思ってくれる。それを狙っているのです。
聞き手: その浸透度はどのくらいですか。
田口氏: 70~80%の人は、なんとなく理解していると思います。だからといって具体的に「自分はどのよ うに活動すればいいんだ」ということを考えている人はまだまだ全体の2%ぐらい。しかし今はまだ「組織が変わろうとしている」ということを理解させる段階 です。それを大事にしていきたいと考えています。その人たちが成熟してきて、一人でも具体的に「こうしよう」という人が出てくれば、組織は絶対、変わって いく。とにかく今は意識改革の時期。そこに注力したいと思っています。
聞き手: 会社組織もそうですが、IT業界全体の意識改革も必要ですよね。
田口氏: 現在、なんとか今のような運用の現場の状況を改善しようと、BPIAの「21世紀情報システムを 考える研究会」のメンバーであるアトリス代表取締役社長安光正則氏と組み、勉強をさせてもらっています。アトリスは「PEXA」という業務分析から、設 計・実装・テストまでを効率的にするツールを開発している会社です。「まともなシステムづくりをする」という安光氏の考えに共感し、協業することとにしま した。まだまだ小さな一歩ですが、こういうつながりができたのも、BPIAに参加したから。いろいろな会社、いろいろな立場の人との出会えるのが、 BPIAに参加した醍醐味なんでしょうね。
BPIAに期待すること
聞き手: BPIAに期待することがあればぜひ、教えてください。
田口氏: BPIAの設立趣旨にはホワイトカラーの生産性向上を目指して、日本の組織文化に配慮した業務革 新に必要な情報技術の導入・活用・定着手法を研究する団体として設立されたとあります。今やホワイトカラーやブルーカラーという分け方は成立しないと思い ます。先ほども言いましたが、現場で働いている人が管理をするということは、どの職種でもざらにあることです。また先にも述べたように、現場から変えてい かないと、組織は変わっていかないと思うのです。
聞き手: そうですね。BPIAでもホワイトカラーの生産性向上という言葉は使わなくなりました。BPIAを一言で表すと、業務の効率化を様々な視点から議論している研究会という感じですね。
田口氏: BPIAに期待することの一つは、先に挙げたように人的ネットワークをつくれる機会がいろいろあ ることです。BPIAは改革・革新を目指す企業や機関、大学研究者、コンサルタントなど様々な組織に所属している方々が参加しています。そういう人たちの 話を生で聞いて、学べるというのが最大のメリットだととらえています。これからもいろいろと教えてほしい。ただ、やはり会を構成しているのは、ほとんどが 大企業に所属している人たちか大企業出身の人たち。心配なのは、そういう人たちが私たち、ベンチャーや中小企業の人たちの考えや気持ちは理解できないので はということです。企業の組織、業務の改革をしていくためには、まずはその組織を構成する社員一人一人の意識改革が必要です。そして日本社会全体と考えた 時は、顧客に最も間近にいる、つまり現場にいる人たちの声を聞くことが、改革につながると思うのです。私たちベンチャー企業の考え方を分かってもらえる。 そういう場としてBPIAを使っていきたいと思っています。
まとめ
田口社長は自動車販売会社で自動車の整備、寝具メーカーで営業などを経て、2002年より現職に就かれました。ITとの出合いは大学時代のアルバイトでシ ステムオペレーション業務を経験したことだそうです。ご自身も、システムの運用現場を経験されていらっしゃいます。だからこそ、システムのあり方自体を変 革していく必要性を切に感じているのだと思います。職人が生きていける社会をつくりたい──。意識することなく、自然にソーシャルベンチャーを実践してい る田口社長。これまでの組織、社会のあり方を変える小さいけど確かな原動力になりそうです。
(2010/1/12)