テーマ: マニュアルから企業理念が見える ~グローバル企業になるためのマニュアルのあり方~
講師: 勝畑 良 株式会社ディー・オー・エム・フロンティア 代表取締役
2012年4月24日(火)16:00~ / 市ヶ谷 アーク情報システム
■はじめに
いまから2600年前,お釈迦さまが説法の中で,「袖触れ合うも他生の縁」とお話になっております。人と人との出会いというのは,まことに不思議なもので,人間の計らいでできるものではないので,大切にしなくてはならない,と説いております。皆さまに集まっていただいて,私の話をお聞きいただくのはたいへんなご縁であります。
私は,マニュアルのことを知ろうとしてきたことだけが取り柄です。マニュアルというものの原点に立ち返ってみたいと思います。いまこそ,マニュアルが大切になっていると思っております。
■マニュアル総論
いま日本は不景気で大変といわれていますが,しかし年間で1000万人が海外に出て行っています。その70%は東南アジアに行っています。そうすると3星どころか5つ星の大ホテルにお泊りになる。そのとき下を見ると,赤茶けた大河が流れていて,人は水浴びをしている。マンデーといって水浴だという。なんだ世界経済の最前線といっても東南アジアはまだだ,などと思ってみている。ところが彼らが工場に行くと,マニュアルを見てきっちり仕事をしているのです。私が実際に見てきたことです。
日本はマニュアルをないがしろにしています。マニュアルなんて…などと言っている。マクドナルドに行って,ハンバーガー10個を買うときに,ここで食べるかどうか聞くなんて頭の悪い人を作るだけで,マニュアルなんてダメだという話になります。しかし,マクドナルドのマニュアルは,たいへんなマニュアルであります。それは何度も標準超克を行ってきたものです。いまは小さなお店でも行っていますが,お客さまの前でお札を1,2,3,4と声を出して数えて,お渡ししています。マクドナルドは若いアルバイターが多くて,つり銭の間違いが多かったため,トップは注意深くと言っていたのです。ところが,一昨日入ってきた高校生が,お客さまにお札の数を数えてから渡したらいかがですかと言ったのです。標準にないものです。標準を超克しています。店長は,その日のうちにマニュアルに取り入れて,それが他店にも取り入れられて,いまや日本全国でそうしています。
マニュアルにどんなに時間をかけお金をかけても,標準がない会社には,マニュアルはないのです。マニュアルとは,一言で言えば標準を書くということです。そうすると,標準を誰がどう作るのか。
さらに,マニュアルというのは書かなくてはいけない。書いたものには反復性があります。話すことはすばやく対応できる利点はありますが,繰り返し同じ情報を与えるということが大切です。それには書くことが必要です。
では標準とは何か。組織目的を達成するために,そのときすでに行っている作業のうちで,最も安定しており,かつ最も利益の高い行動手順を標準といいます。この標準を指定して書いていく。そして管理者が見て,これは取り入れるべきだということで新しい管理体制を作っていく。改訂する必要のない完全なマニュアルはないのです。標準超克がでてきます。不完全なものを受け入れる勇気が必要です。しかし,いいマニュアルを作らなくてはいけないと考える。迷妄にとらわれているのです。
マニュアルは不完全であります。つねに改訂するものです。それを受け入れ,もっとこうした方がいいのではないかという会社でないとダメです。すでに出来上がったものではなくて,背景が必要です。マニュアルを使ってもらうという熱い思いがあって,それを文章に書いて,繰り返して,受け入れてもらおうという思いが必要です。
人の考え方というのはあまり変わりませんが,行動は変わっていくものです。そのため,誰にも文句のでない理念を書くことが多くなります。しかし,経営のツールですから,皆に使ってもらうためには,どうしたらいいのかなあと考えるのが一番の原点ではないかと思います。
マニュアルはローマで生まれたものです。第二ポエニ戦役でカルタゴは,象に乗ったハンニバルがアルプス越えをしてローマに攻め込みます。塩野七生さんの『ローマ人の物語』で,ローマにはマニュアルがあったと書いています。市民の軍ですので,先輩が自分のやり方でテントの作り方から様々なことを書き連ねていく。手が動かせる道具としてマニュアルが発生したのです。カルタゴは傭兵で,その人が死んだら終わりです。ローマは新しい人が次々補強されていく。スキピオがすぐれていたのではなく,マニュアルがあったからです。
マニュアルは,欧州大陸のマイスターの秘伝を書くものだったものが,イギリスに行き,アメリカに行った。移民を受け入れる国ですから,そこに絵を取り入れるという風になった。アメリカは広いので,face to face で,不具合がでたらこういう風にやるのだということはできません。オペレーションマニュアル(操作手順書)ができ,それがそのまま社内マニュアルになる。第一次大戦中,女性が大量に職場に進出してくると,そういう人たちに先人のやってきたことを伝えるために,イン・ハンス・マニュアルができ,業務マニュアルができあがったということです。これが大雑把なマニュアルの歴史になります。
■マニュアルの4つの原則
いいマニュアルを作ることも大切ですが,使わせるという風土がないとまずいのです。マニュアルというのは最適行動手順を書くものなので,どんどん変わります。どういう風に使うかがしっかりしてないと,ダメになります。使えるマニュアルにならずに,ほこりをかぶってロッカーに眠っているということになります。
マニュアルというのは,4つのことをやればいいのです。それを選ぶのは誰かといえば,使わせる人であります。組織に利益を上げて存在させるというものを,上の人が選ばなくてはならない。何をマニュアル化するか,何を書くかが大切です。
(1) 書くべきことは必ず書く。
書き落としせぬようにきっちり書く。マニュアルは行動手順書として,企業中の文書体系,方針,社是というものからスタートして,それがブレークダウンしていくものであります。
(2) 書いたことは必ず守る。
逆に言えば守らせる。守れないことは書かないということです。いいマニュアルを作ろうとしていろいろ書いてしまう。守れないことまで書いてはいけない。書いたら必ずやるということです。たとえばお札をきっちり数えることで,一手順増えるにしても,必ずやることです。書いたら守るということが大切です。
(3) 間違っていたらすぐ直す。
直すことにしたら躊躇しないこと。直ないというなら,それは管理者の直さないという意思が入ってなくてはならない。
(4) 間違った場合は追跡する。
どうして,なぜ,間違ったのか,理由を原因をはっきりさせること。トレーサビリティというものです。間違ったことを責めるのではなく,利益目的の阻害要因をなくしていくことが大切だということです。
■マニュアルの見直し
マニュアルが大切なのは,理屈ではありません。まず行動をさせてみること。正しい行動ができていないなら,どうしてなのか考える。行動をするうちに理念が生まれるものです。行動を通じて,その人の自覚が出来上がってきます。
ところが子供の頃から,お母さんから85点だと怒られる。どうして100点でないの,注意が足らないのよと,85点じゃダメということが刷り込まれる。100点が完全で15点が足りないと考える。それで,どうして100点にならないかの理由や言い訳をするのです。いろいろな場面で,どうにもならないのに,言い訳をする人がいます。間違ったらおしまいだと思っているからです。
完全ではないけれども,しかしやってみる。それで間違いや欠点を見直すシステムが,その会社に出来上がっていることが大切です。マニュアルがあれば,原因を周りのせいにはできなくなります。営業の成績が悪いのはどうしてかと言われて,4月は人が出歩くから毎年この月は無理とか。でも5月になっても悪い。前半がゴールデンウィークで,5月はなかなか上手くいかないのですと。では6月はというと,雨が降りますから,そんなとき物を買いませんよと,こんな風に周りのせいにしている。悪い成績を周りのせいだと心の底から思っているから根深い。しかし,マニュアルは,「したか・しないか」です。管理者がどう行動したのか,一つ一つ行動面で確かめていくことになります。自分の行動のどこに問題があったのか,状況起因を調べなくてはならない。
お釈迦さまは遺言を残されています。すべてを自分のせいにせよ,自分の原因にするのだと言っています。自己起因にするということです。マニュアル違反を起しているとき,そこに何かいい改善点があるのではないかと考えてみる。そうやって,発見していくこと,それが大切です。
■使われるマニュアルの3つの条件
マニュアルを使わせるためには,どういうマニュアルを作るか,何を入れるかということに3割のエネルギー,一方,どう使ってもらうかを7割にしないとダメです。実際は逆の7割,3割になっている。標準をわかってもらって,どうやって使ってもらうかということが逆になっている。マニュアルなんて作っても守りませんよと言う人がいますが,そんなことはありません。普通はマニュアル通りにするものです。最初からいやだという人はいません。やってみるところから始めます。会社に新たに入った人は,皆,まずやってみるものです。
それでは,どうやって使ってもらうか。こちらが7割でありますから,どうすればいいのかということになります。3つのことが大切です。
1番目が,自分が組織と一体感を持っているということ。
2番目は,組織の一員であるという一員感です。一員と遇されていると思われなくては,マニュアルは使われません。
3番目に,貢献感です。自分は組織に役立っているという感覚が必要です。
しかし,最近の日本では,一人ひとりの貢献感を奪ってしまい,そこに効率を持ってきた。これはまずいことです。
友人の話をします。友人は,吉野丸太の山を持っている家の若旦那だった人です。木は30年たつと大きな丸太になりますから,一つの山の木を切ったら苗を植えて,隣の山の木を切る。山を30もっているので,順番に30の山を切っていくと,最初の山に植えた木が大きな丸太になっている。銘木なので,買い手が待っていて何も心配ないのです。枝葉を切る人たちは代々雇われていて,先祖代々勤めているので変なことをする人はいない。本人は,京都大学を出て,ミス京都と結婚して,2人の子供も東京大学に入り一流会社に入っていますから,何一つ不自由がない。ところが,あるときアルコール中毒になったと言うのです。それで病院に見舞いに行きました。彼が言うのです。何か会社のことをやろうとすると,いいですよと言われてやることがない。古くからいる番頭さんが,みんなやってくれる。やることがないので,祇園に行った。でもしばらくすると面白くなくなってやめた。それで博打をやり始めた。こういうものは,お金なんかどうでもいい人には当たるようで,次々当たってつまらないのでやめた。それで酒を飲むようになった。酒はいいぞ,酒は裏切らない,飲めば必ず酔えると言うのです。どんどん飲み始めてついに肝臓ガンになって,俺は何も役に立たないのだと言って死んでいきました。貢献感がないと,こういうことにもなります。
人は,組織と一体であり,組織の一員であり,貢献しているという中にいたら,自然にマニュアルを使います。使いながら改善していく。マニュアルには長い歴史があって,その間,一度も消えていないのです。
■マニュアル作成の3つの注意点
今ほど日本で承継ということが大切な時代はないでしょう。団塊の世代といわれる人たちは,文書を書くと上の人から真っ赤になるまで直され,それを下の人に教えていった。その世代が辞めていく。大事な世代がなくなろうとしています。技術や交渉術,こういうものを沈潜させていくということがなければ,企業の永続性がないのではないか。日本の社会の中で機能していかなくなるのではないかと思うのです。
マニュアルを作るときは,やってはならないこと,しなくてはならないことがあります。
(1) 理念中心主義にならないこと。
日本のマニュアルの7割が理念中心主義になっているのではないでしょうか。理念中心主義というのは,作成者中心主義のことであります。利用者中心主義でなくてはならないのです。
(2) 手順中心主義で書くこと。
手順中心で書いていけば,与えられた人が,これならやれると思えます。ただ,仕事をどのような大きさでくくるかということが難しい。鉛筆の持ち方からはじまって,こと細かに書いたほうがいいのか,大きなくくりにするのか,その辺をどの程度にするのかは,その業務によって違ってきます。どの程度のくくりになるか,必要以上に粗かったり細かすぎたりしないように,それが大切です。
(3) 部分独立主義を排す。
営業部のマニュアルだから営業部の人だけがわかればいい,というのではダメです。人が移動しますので,共通性がなくてはいけません。全体の中でどういうポジションであるのか,客観的に見えてなくてはならない。今までに,あちこちの会社でご指導してきましたが,なかなか部分独立主義が抜けきれずに困っている例が多くありました。
■おわりに
私のマニュアル作りの基本は,マニュアルというものは標準を書くものであるということです。標準とは何か。組織に現存する,最も安定していて最も正確で最も利益を上げる行動手順であります。自分達の標準を作っているもの,それが見えるかどうか,組織の関与のあり方を考えるべきです。
以前,塩野七生さんにお会いして,何度かお話しました。彼女が言うには,ローマを含めて,すぐれた権力者で排外主義をとらなかった人はいないと。しかし,そういう戦略を立てても,不可能だと言うのです。法律や規則を作っても,人間が集まってくる。発展してくれば移民が入ってくる。そして社会がコスモポリタン化すると国が滅んでいく。日本も移民を受け入れることに必ずなるというのです。そういうとき,彼らを社会が受け入れるためには,繰り返ししかない。反復ツールとしてマニュアル文化は必ず定着していくとおっしゃって,だから勝畑さん,がんばってくださいと言われました。
日本のグローバル化は必ずやって来ます。じわじわと知らないうちに,企業,学校,病院に入ってきます。彼らに一体感を持たせて,一員として扱うときには,マニュアルは必ず必要とされると思います。
ご清聴ありがとうございました。
◎株式会社ディー・オー・エム・フロンティア
http://www.dom-frontier.com/index.html
<記録 丸山有彦>