テーマ: 地図を活用したエリアマーケティング ―ピンポイントマーケティングへの実践―
講師: 平下治 株式会社JPS 代表取締役
2012年2月28日(火)16:00~ / 市ヶ谷 アーク情報システム
■はじめに
GISについてお話させていただく機会をいただきまして,ありがとうございます。
GISというのは地理情報システムのことです。私は1979年にGISに出会いました。当時はコンピューターマッピングシステムといっていました。このシステムを活用したマーケティングの仕事がしたいと思い、株式会社JPSを設立しました。1970年代ですから当然パソコンなどありません。当時のコンピューターはハードウエア自体が高価で、ソフトウエアのコンピュータマッピングシステムはほとんどが官公庁で使用される特殊なもので最低でも2000万円から3000万円と非常に高価なシステムでした。したがって、このシステムを開発して販売するという業務ではなく、冒頭にも申し上げたとおり、このシステムを活用したマーケティングを受注する会社を目指しました。それが功を奏したのだと思いますがお陰様で今年で33年になります。
主な業務は、このコンピューターマッピングシステム、つまり、今でいうGISに地図と統計データ、そして、スーパーマーケットや病院、学校、駅などのポイントデータを用意して、出店計画や既存店の販売促進計画などを受注する営業をしていました。
当時、マーケティングと言えばマス・マーケティングが主流で大手企業しか採用していませんでした。ところがこのGISを使ったマーケティングであれば大手企業に限らず中小企業にも活用されるようになったのです。今では中小の流通業や消費財メーカーなどでも常識的に活用するようになっています。
システムの進歩という意味で言えばウィンドウズ95が発売されて一気にビジネス分野にパーソナルコンピュータが進入してきました。このエリアマーケティングも当初は大変高価であったコンピュータ・マッピングがGISといわれるようになりしかも安価で入手できるようになりました。
本日は,マーケティングがどんな風に変わってきたか,GISを使うとどんなことができるのか,分かりやすくお話させていただけたらと思います。
■GISの普及
過去30年以上、GISを活用したマーケティングを数多くの企業様へご提案してきました。そんな経験から専門誌への投稿や出版、そして、全国各地でのセミナーや研修などもさせていただきました。また、こうしたセミナーは国内だけではなく、アジア地域では中国の北京、上海、大連、あるいは香港などにも出掛けるようになりました。また、2003年にはアメリカ、オレゴン州ポートランドの総領事公邸で、珍しいところでは2006年と2007年の2回にわたってセルビア・モンテネグロ日本大使公邸でもセミナーを開催しました。セルビアが資本主義へと移行する中、首都ベオグラードに出来た商工会議所からの依頼でした。
出版では1981年から1982年に掛けて1年半にわたって週刊ダイヤモンドに75週間の連載を書きました。毎週、毎週のことです。原稿のことは毎日、毎日、四六時中頭の中にあって休む暇はありませんでした。テーマはGISを使えば数字で分からなかった情報が地図に表現すると一目瞭然のビジュアル情報として把握できるのです。これまでには気付かなかった新たな情報を得ることが出来るというものでした。あらゆるテーマで原稿を書きました。
例えば、家計調査から一世帯あたりが消費する牛肉と豚肉の年間支出額を重ね合わせて表示すれば牛肉の場合の消費ははっきり西高東低で、逆に、豚肉の場合は東高西低ということが見て取れます。日本列島が愛知、岐阜、富山で分断されているのがはっきりと分かりますね。地図同士で2つを重ね合わせてみると本当に一目瞭然なのです。
今度は,日本の高齢化を見てみましょう。1980年の国勢調査時点ではわが国の65歳以上人口構成比の平均は9.3%でした。したがって15%を超える地域は高齢化が進んでいるといわれていました。これを国勢調査5年毎の時系列で市区町村別に追ってみましょう。1980年から2010年までの30年間でほとんどの地域が真っ赤になるのがお分かりいただけると思います。実際,15%超の地域が全国の98.8%です。4人に1人が高齢者、つまり、25%を超えている地域が57.6%,ほぼ3人に1人が高齢化の30%を超えている地域が32.8%です。これで年金を誰が支えるのだろうと思いますよね。テレビや新聞で報道されている少子高齢化もこのようにGISつかって地図に色を付けて報道すれば国民に恐ろしい高齢化の実態が伝わったに違いありません。
ちなみに、10万人以上の人口の市で65歳以上の人口が30%を超しているのは府中市,尾道市,小樽市,大牟田市などです。一方、川崎市中原区,高津区,横浜市都筑区,浦安などは10%前半です。これは最近のマンション開発で一気に若い人達が住み着いたからです。これを見れば日本の各地で市町村の存続は難しい状態にあるのではないでしょうか?
■GISを活用したエリアマーケティングとは
私はGISを活用したエリアマーケティングとはどういうものかを分かりやすく説明するときに,海で魚釣りをする時と同じようなものですとお話します。
ある漁場で釣り船を選ぶ場合、かつてはこの漁場を良く知る勘と経験を持った船頭さんの船を選んでいたと思います。ところが最近では温暖化や潮の流れの変化によってよく釣れたはずの場所で成果が上がらなくなったのです。船頭さんの勘や経験が聞かなくなったのです。だから、最近では魚群探知機を搭載した船を選ぶという傾向になってきました。しかし、魚群探知機さえあればいいというものではありません。理想は勘と経験を持った船頭さんが魚群探知機を持てばその方が明らかに成果が期待できます。
エリアマーケティングも同様です。ある業務において十分な経験とそこで培った勘を持ったマーケッタがGISを活用すれば各種の計画立案も的を得たものになるはずです。
エリアマーケティングはどこにお客さんがいるのかを求めるときの「どこ」がキーワードとなります。どこで何をすれば儲かるかを地図で教えてくれるのです。地図上にその情報を表示してくれます。たとえば顧客ID付きのポイントカードでPOSデータを分析すると、ある商品を買った顧客を地図上で把握することが出来ます。顧客が多く分布しているエリアが一目でわかります。そのエリアがどんな世代の人なのか,夜間人口や昼間人口はどうなのか,また、流動性人口も分かります。さらにはライフスタイルの情報を入れることでターゲット層が見えてきます。
このように各種のデータに加えライフスタイルクラスタデータをもとにエリアマーケティングをすることでこれまでとは違った分析が可能になりました。
この種のデータは欧米では既に30年以上も前からマーケティングには欠かせないデータとして活用されていました。しかし、日本ではなかなか馴染まなかったのです。なぜかといえば、日本は島国で、単一民族、肌の色も同じ、宗教にも拘りがなく、国民の90%が中流意識なのでライフスタイルにそんなに差がないと考えていたからです。
ところがGISが普及しライフスタイルを背景に自社の顧客をプロットしてみると以外にもその分布状況に共通点があることが分かったのです。例えば、リフォーム会社が自社の顧客をプロットしてみるとリフォーム顧客やオール電化施工顧客の分布状況で顧客の顔が見えてくるのです。押しなべてそのエリアは通勤族で、金持ちで、戸建住宅の多い、年齢層は50歳前後であることが分かったのです。
また、ベンツを買う人が多いエリアとか,タクシーを多く利用するエリアとか,またエステを利用する人の多いエリアとか,ライフスタイルによってそのエリアが持つ特性を把握することが出来るのです。
このように点と線と面のデータを地図上で自由に重ね合わせて分析することでこれまでには不可能であった深いエリア分析が可能になりました。これをオーバーレイ手法といいGISマーケティングの基本ということができます。これを利用して多くのエリアマーケティングで成果をあげています。
■エリアマーケティングの事例
エリアマーケティングの具体的なお話をいたします。
例えば調剤薬局の事例です。ご夫婦で薬剤師をしています。基本的にはお客さんがいらっしゃるのを待つ仕事です。大体、一年間で250人の新規のお客さんが処方箋を持って来店されます。月に20人から25人ということになります。それでギリギリ何とかやっていけるということでした。しかし、何とかしてお客さんを増やしたいので何か良い方法はないかとのご相談でした。そこで提案したのが「待ちの仕事から攻めの仕事に代えましょう」ということでした。 この地域は会社が多いので薬を配達したらどうかということにしました。誰でもそうですが病院や薬局で薬をもらうのを待つのはいやです。薬を届けてくれる薬局があれば便利です。そんな薬局にしましょうというのが提案でした。どの範囲にDMをまけばいいのか。法人電話帳を地図にプロットしました。そして、店から自転車で約3分以内のエリアを設定し、その中の法人をカウントしました。270社があることが分かりました。この法人をリストアップし入念にチェックしメール便でDMを送りました。その結果は1週間目に約40人,2週間目に約30人,3週間目も30人と続き、何と月に25人だった新規顧客が最初の1ヶ月で107人になりました。地域を絞ったお陰か、近所の誼か確実にDM効果がありました。その後の推移を見ても,1年2ヵ月後で月平均63人,1年7ヶ月後でも52人確実に固定客を獲得することに成功したのです。チョットしたアイディアですがこれもGISを巧く使った成功例といえます。
これは開業にも使えます。この事例を聞いたある方の紹介で,薬剤師の資格を持った主婦の方がお店を出したいが、この配達を主とした調剤薬局なら出店しても大丈夫ではないかと相談を頂きました。早速、ご自宅からあまり遠くないエリア内に、昼間人口が2000人以上,薬局が3件以下,診療所・病院が5件以上,法人電話帳から企業リストが100件以上取れるところで,さらに駅が近くにあるという条件で検索しました。その結果、自宅から近いところに2ヶ所のエリアを見つけることが出来ました。
この2ヶ所の候補エリア内で物件を探すことにしました。さて、今回のケースのように個人の方がマーケティングをするという発想のない中でこの分析をするために一体いくらの費用が掛かるかが大いに気になるところです。この費用は20万円です。高いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんがこのようにデータに裏付けられた分析だけに信憑性は高いはずです。分析をせずに出店する不安がないだけ自信を持って進められるはずです。
これは裏話ですが、小さな店でも出店には400万~500万は掛かります。この20万円くらい何とかなるはずです。実際は、店舗を造る工務店さんに20万円の値引きを要求したそうです。
次にカー・ディーラーの営業支援の事例です。ある車種がフルモデルチェンジをします。各営業所に販売ノルマが課せられました。さて、どうするかですがこれまではただセールスに「頑張って売れ!」とお尻をたたくだけでした。今回はGISを活用して確実に効果が上がる方法を見付けてセールスを支援しようという考えです。
先ず、すでに同車種を販売して4年たった人,または5、6年目にさしかかった人を地図上で確認します。確認できたお客さんのところに効率よくカタログを持って営業に出向くわけですが訪問の場合お客さまの都合が優先されます。何箇所かに行く間に、必ず時間が空くことがあります。その間、無駄な時間つぶしをするより,今回のターゲットではなくても、その近くのお客さまについでに挨拶をするための訪問を支持するのです。お客さんに好印象を持ってもらう絶好のチャンスです。意外に決まったフォロー営業が出来ていない担当者が多いのです。お客さんの不在を理由にはがきを出すだけで顔を出さないのではお客さんを逃がしてしまう恐れがあります。
実はここで、これまでには考えられなかった新たなマーケティングコンテンツを紹介しましょう。これは住宅地図のゼンリンが今年開発した全国に4千万棟ある建物全てのポイントデータを提供するというビッグニュースです。
データは、戸建住宅、マンション、アパート、団地、事業所、商業ビル、オフィスビル、複合ビル、公共建物、神社仏閣などなど全ての建物の用途、規模まで収録したものです。
最後に、この建物データを活用した事例を紹介しましょう。先ず、ホームセキュリティ会社の事例です。一般的に、一軒家でお金持ちが住むエリアがターゲットです。両者が多いエリアを地図上で見付けて優先的にそこに営業を掛けます。例えば、ターゲットとして絞り込んだあるエリアの電話帳データをリストアップしてみるとこのエリアに1144件あることが分かりました。これを専門業者に渡し、1軒1軒に電話をかけてもらうという作戦です。これがこれまでの方法でした。
しかし、これでは費用も嵩みますし効率的とはいえません。そこで、このエリアをさらに絞り込みをかけます。建物1棟1棟が把握できていますので、例えば、具体的に戸建住宅の200平米以上の家をリストアップすることが可能になったのです。その結果は164軒でした。ここまで絞り込めれば2週間で全ての家に訪問できます。訪問してみて、既にセキュリティーのシールが張ってあればそのお宅は避けてシールのない家にポスティングをすればなお効果的だといえます。
このよう事例は他にもたくさんあります。先程も少し触れましたがオール電化やソーラーパネルの設置営業をする場合などでも利用できます。過去の実績から85平米以上の家ならソーラーをつける確立が高いということが分かっていますが残念ながら一般的に個々の家の大きさまで分かるデータはありません。そこでこの建物ポイントデータをりようします。ターゲットエリア内の大きな家をリストアップする事が可能なので具体的な営業活動に役立ちます。
リフォームを30年経営してきた会社の2代目社長がこれまでの“勘”の営業からマーケティングを取り入れた営業に転換したいいと相談に来られました。これからは特にオール電化やソーラパネルのようなエコ住宅を提案していきたいので可能性のある既存顧客へのアプローチと新規顧客の開拓をテーマに実績を上げたいということでした。
これまでの既存顧客は3800件です。そのほとんどがリフォームのお客さんです。2004年からオール電化施工を手掛けて2010年までの6年間で600件の受注をしたそうです。ところが順調に伸びてきた勘と経験だけの営業で最近伸び悩みの状態だとのことです。過去の実績からどんな地域特性か、どんなライフスタイルの家庭がエコ住宅を好むかを分析してターゲットエリアを抽出しました。このターゲットエリアの中で大きな家屋だけをリストアップしてピンポイントで営業すること提案しました。直ぐに成果は出せませんでしたが更なる工夫を加えながらこの手法を続け今では徐々に新規顧客の開拓に成功しているそうです。
最後に、単身世帯への家電量販店の販売促進の事例を簡単に紹介します。若い人,単身者,賃貸の条件に一番合っているのはどこのエリアかということを見付けます。これまでは新聞折り込みチラシが効果を上げていました。ところが、現在では、彼らは新聞を購読しませんので効果は望めません。そうするとポスティング作戦です。この場合ワンルームマンションやアパートに限ってポスティングをするのが効率的です。これも建物ポイントデータで抽出できますので効果的です。
■おわりに
こうした事例をみると,帳票やグラフだけでなくて、地図を取り入れた戦略が立てやすく、しかも、分かりやすいことがお分かり頂けたと思います。
いろいろ説明させて頂きましたが、GISの役目は意思決定をする人に分かりやすい判断材料を渡すことなのです。それがエリアマーケティングの目的なのです。
そして、計画書を作成して、検討して、決定して、実施するという段取りですが、その結果がどうなったかをフィードバックしてみることが大切です。
GISを導入して成功したという最大の成果は、ずばり“儲かった”ということです。
地図を利用することで現場のことをかなり理解することができます。GISを身近に感じ利用いただければ,各種のマーケティングが楽になると思います。今後はさらに細かいデータも販売できるようになります。どうぞご期待下さい。
以上,ざっとですがお話させていただきました。
ご清聴ありがとうございました。
◎株式会社JPS
◎ 日本列島、統計の旅
◎ちず自販機
<記録 丸山有彦>